南伊豆町への特別養護老人ホーム整備の検討について
【南伊豆町への特別養護老人ホーム整備検討の経緯】
この間、自治体間連携の深い杉並区・南伊豆町との間で特別養護老人ホーム(以下、特養ホーム)の整備に向けた検討が行なわれている。
この事例は、圏域外特養ホームの整備として、国の「都市部の高齢化対策に関する検討会」などでもモデルケースとして示されており「都市部の強みを活かした地域包括ケアシステムの構築」の中で〝広域型施設の整備数の圏域間調整〟でも一事例として取り上げられている。
参考 ※厚生労働省「都市部の高齢化対策に関する検討会」
※「都市部の強みを活かした地域包括ケアシステムの構築」
当初は、廃止された南伊豆健康学園跡地を利用した特養ホーム整備が検討されていたが、南海トラフ巨大地震などの津波被害想定地域に該当しているため、安全性なども懸念されていた。
今回、南伊豆町より新たに町有地を活用した健康福祉センター(南伊豆町)と特養ホーム(杉並区)の合築の提案が行なわれ、検討が進められている。
【南伊豆健康学園跡地利用に関する現状と課題】
◆津波被害想定地域に該当
現状
▽南海トラフ巨大地震の被害想定の場合(H24年8月内閣府)
想定浸水深 :3m
到達時間 :約17分
最大津波高 :12~13m(弓ヶ浜海岸)
▽静岡県第4次地震被害想定(第二次報告)の場合(H25年11月静岡県)
想定浸水深 :約4.7m
到達時間 :約15分
最大津波高 :12~13m(弓ヶ浜海岸)
課題
1)津波被害想定地域であり、入所者の安全確保策を検討する必要がある。
2)想定浸水深より上に居住区を整備する必要があり、入所数が制限される。
3)津波被害対策に係る費用・コストが膨大になる。
4)近隣に津波避難ビル指定の建造物や避難場所となる高台があるが、特養ホーム利用者である高齢者が避難することは困難。
電源喪失時に昇降機(エレベーター)が使用できず、避難に時間がかかる。
5)津波対策は近隣の福祉施設に共通する課題になっている。
◆自然公園法:第二種特別地域に該当
現状
▽建築物への制限
建ぺい率/容積率 20%/40%
建築面積 2000㎡以下
建築物の1辺の長さは50m以下
高さ 13m以下
課題
1)自然公園法・第二種特別地域に指定されており、建築規制が厳しい。
2)規制緩和が可能なため、高さ17m程度までは検討。
【南伊豆町からの新たな提案内容について】
◆南伊豆町が町有地を活用して構想する健康福祉センターと特養ホームとの合築(案)
南伊豆町より、南伊豆健康学園跡地を利用した際の入所者の安全確保、整備に係るコスト面の問題、建築規制などの観点を考慮し、新たに町有地を活用した健康福祉センター(南伊豆町)・特養ホーム(杉並区)の合築案が杉並区に提案された。
建設候補地について
健康福祉センターと特養ホームの共同整備を実施する場合、杉並区側からは建設候補地について、以下の意向が示された。
1、面積で2700㎡~3600㎡、延床面積で7100㎡程度が必要
2、保養地型特別養護老人ホームとして健康学園跡地を活用して整備の検討をしてきた経緯から、共同整備候補地においても南伊豆町の魅力を十分に発揮できる土地であること。
3、弓ヶ浜クラブへ来る、移動教室の児童や一般利用者の杉並区民との交流が可能となるよう、距離や交通手段の利便性を考慮した立地であること。
4、津波浸水域から外れた立地であること。
杉並区側からの意向を踏まえ、南伊豆町からは建設候補地として、旧差田保育所、差田グランド横、旧中央公民館の3カ所が示された。
建設候補予定地の比較
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候補地
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面積
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位置
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形状及び現状
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1
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旧差田保育所
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4706㎡
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町の中心から西側、車で約10分
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園舎解体済の更地状態。ほぼ四角だが3段の段地
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2
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差田グラウンド横
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50935㎡
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町の中心から西側、車で約10分 総合グランドに隣接
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道路に沿った長方形の土地。水路、暗渠あり。未整備で残土、がれき等が混在
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3
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旧中央公民館
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6621㎡
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ほぼ町の中心地
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道路から奥に延びる長方形。中央公民館解体済の更地状態。
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建設候補予定地の概要
▽旧差田保育所
土地形状は良好な更地であるが、段地であることで、造成の必要がある。また、敷地面積が比較的狭く、駐車場等の確保が難しい。
路線バスの運行が一日に2本程度であり、タクシーの利用の場合も利用料金の負担が大きい。南伊豆町の健康福祉センターを整備した場合、町民の利便性に課題がある。
▽差田グラウンド横
土地の広さ、形状ともに問題はないが、未整備であり水路も入っていることから造成費用が高額となる。近隣に福祉施設がある。飲料水等、水の確保が困難。災害時の避難拠点として指定されている。
路線バスの運行が一日に2本程度であり、タクシーの利用の場合も利用料金の負担が大きい。南伊豆町の健康福祉センターを整備した場合、町民の利便性に課題がある。
▽旧中央公民館
ほぼ町の中心部に位置し、近隣に教育機関がある。既に更地となっており、広さも十分にある。隣接する旧幼稚園を解体することにより駐車スペース等の拡大も可能。
路線バスの運行は一時間に1本程度であり、タクシーの利用の場合の利用料金の負担は少ない。南伊豆町役場から徒歩6分程度の場所に位置している。町民の利便性に優れている。土石流警戒区域内である。
※土石流警戒区域内であることについて
そもそも、南伊豆町の多くの箇所が警戒区域内に指定されており、警戒区域内での建築物については、一階部分の該当箇所に窓を設置しない等の規制がある。
現段階における建設候補地として望ましい場所は?
建設候補予定地3カ所を比較した場合、用地形状や規模、交通手段や利便性の点から「旧中央公民館」が整備用地としての条件を満たしている。
町の中心部に位置しているため、杉並区民・南伊豆町民にとっての利便性に優れている。
土石流警戒区域内であることについては、一階部分の建築規制やフェンス等の設置で対応を行なうことが可能とのこと。
【南伊豆町への特別養護老人ホーム整備で期待される効果】
▽用地確保が困難な都市部での特養ホーム不足の解消に向けて、一定の役割を果たす。
▽特養ホーム待機者のニーズ対応の一つとなり、多様なライフスタイルの選択肢となる。
▽杉並区と南伊豆町との友好関係が維持される。
▽雇用等を通じた経済効果が生まれる
▽介護ニーズへの対応策となり、地域貢献となる。
【現状での特別養護老人ホーム整備の見通し】
▽開所予定時期(現時点において) 平成29年度の開設を目指す
▽施設規模 特養ホーム定員 100床程度
内訳 南伊豆町(賀茂圏域)30~35床程度
杉並区 60床程度
別途、ショートステイ 10床程度
【圏域外特別養護老人ホームの課題】
◆利用者の意向(保養地型特別養護老人ホーム入所希望調査結果より)
▽「入所を希望しない」が多数
南伊豆健康学園跡地の特別養護老人ホーム整備に向け、杉並区が実施した調査結果(入所申込者「優先度A・B」をもとに抽出した区民1,618人が対象)によると、「入所を希望しない」との回答が63.9%に上っている。
入所を希望しない理由については、「今の住居の近くに住みたい」が66.2%。「身内や知人などと会えなくなりそうだから」が62.7%。「入所や面会のために、交通費や宿泊費がかかりそうだから」が58.1%となっている。
上記の調査結果により、多くの特養ホーム待機者が住み慣れた地域での居住を望んでいることが端的に示されている。
▽「送迎サービスの実施」「療養の充実」にも一定のニーズ
「入所を希望しない」利用者が多くいる一方、入所を希望する利用者が求めるサービス内容は「入退所者の送迎サービスの実施」が64.3%。「温泉や自然環境を利用した療養の充実」が52.2%となっており、施設の利便性へのニーズと南伊豆の温暖な気候、豊かな自然環境、温泉などを利用した保養地としての期待の声もあり、多様なライフスタイルの選択肢の一つにはなり得る。
◆各種制度上の課題
現行の介護保険制度等では、圏域外への特養ホーム整備や他自治体からの入所は想定されていないため、様々な課題がある。
▽住所地特例の制度間の継続
事例)後期高齢者医療制度における保険者の場合、入所者が75歳に達した場合、施設所在地の広域連合が保険者となる。65~74歳の入所者が障害認定を受けた場合、施設所在地の広域連合が保険者となる。現行制度のなかで地元負担が発生しない方法がなく、住所地特例の制度間の継続が課題となっている。
▽入所後のルール
生活保護の実施責任は地元圏域となり、地元負担が発生する。入所者の処遇(相談支援体制、地元医療機関への影響、単身者等の遺体引き取り、埋葬対応等々)に関する課題がある。南伊豆町の場合、へき地医療対策と合わせて、医療機関との連携が重要になる。
▽介護保険事業計画の整理・調整
それぞれの自治体の介護保険事業計画の整備数とサービス量の調整が必要になる。
▽入所基準の整理
地元市町村と同等の優先入所が可能となる仕組みづくりが必要となる。
▽永続的な友好関係の維持
区からの入所が永続的に行なわれる事業展開の検討が必要となる。また、町と区との交流、住民レベルでの交流・親交の活性化が重要となる。
▽地域経済の振興
地元経済の振興策と合わせて、事業者応募条件や人材確保等、公募条件の整理が必要となる。雇用の創出が期待される一方、介護人材(特に看護師)の確保は、都市部と同様に課題がある。
▽施設整備
施設整備の負担割合、居室定員の需要調整が必要となる。
等々、様々な課題があり、特養ホーム整備の具体化に向けて、自治体間での対応と調整が必要となっている。
<所感>
今回の視察は、「都市部の高齢化対策に関する検討会」でも議題とされた、圏域外への特別養護老人ホーム整備に関するものであり、今後の地域包括ケアの構築に向けた検討の一つとして、注目される事例となっている。視察中、現地マスコミも同行取材するなど、当該地でも大きな関心を集めていた。
地方への特養ホーム整備は、都市部での用地不足解消策として期待される一方、高齢者が住み慣れた地域から離れることにもなり〝現代の「姥捨て山」になるのではないか?〟との指摘もされている。
国の検討においても杉並区の事例は「かねてより住民同士のつながり・自治体間連携を背景にしたもの」「入所者本人の意思の尊重が大前提であり、家族や地域から切り離されて入所させられることがないよう十分な配慮が必要」と指摘されており、杉並区と南伊豆町の事例は例外的な扱いとなっている。
視察では、当初から整備が検討されていた南伊豆健康学園跡地を訪問したが、同地は、津波想定浸水深が5m弱であり、津波被害が心配される場所となっている。そもそも、寝たきりの高齢者などが居住する特養ホームは安全性が最優先されるべきであり、津波被害が想定される場所での施設整備は相応しくない。近隣の津波避難地は小高い丘の上にあり、急角度の坂道を登る必要もあり、高齢者が居住する地域としては、大きな課題がある。
南伊豆での特養ホーム整備は、子どもたちの療養に大きな役割を果たしてきた南伊豆健康学園の廃止と一体のものとして示されてきた経緯もあり、同地における、今後の用地活用の検討が求められる。
南伊豆町より提案された内陸部の町有地は津波の被害想定地域ではなく、比較的交通の便も良い場所もあり、特養ホーム整備には望ましい立地条件である。
今後の特養ホーム整備の実現に向けて、現行法上も乗り越えなければならない様々な課題があり、自治体間協議や国への提言が重要となっている。
地域包括ケアの観点から見れば、特養ホーム整備は高齢者が住み慣れた地域で行なわれるべきである。しかし、特養ホーム利用者の意向が尊重され、自治体間交流が活発な地域に限り、地方での施設整備の可能性も否定は出来ない。今後の動向を注視する必要がある。